ごめん、やっぱ忘れたかも
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「*****さん、好きです。どうか私と結婚をしてください」
ちょうど窓から見える公園にある紫陽花が咲き始めた頃だったと思う。私は熊に求婚された。
アパートのドアを開けたら、そこには黒いずんぐりむっくりとした熊が、鮭を両手に立っていた。緊張しているのか、若干手が震えている。けど、鮭を目の前に差し出されながら愛の告白をささやかれても、それはそれは対応に困ってしまう。しかも交際の申し込みを一足飛びに結婚と来たものだ。しかも、見ず知らずの熊に。
「・・・え、私ですか?」
ちょっと鏡の前に立って自分の姿がきちんと人間に映っているのか確認したくなる。私は、熊じゃなくて人間だ(と、思う)。その人間に熊が求婚してくるなんて。
はてさて、どうしましょう?
-十分に小さいδは、とってくるのが難しい-
とりあえず、状況がよく理解できていないのと、立ち話でやるような話題でもないので、中に入ってもらう。「鮭はどうしましょう?」と。訪ねると、
「差し上げます。どうぞお好きなように」
「じゃあ、一緒に食べましょう。どんな料理がお好きですか?」
「私、焼き鮭って食べたことがないんです。熊ですから」
と、言うことらしいので、塩焼きにして二人で食べることにした。それにしても、最初はとても驚いたが(もちろん今も驚いて入るけれど)、こうもいきなり熊を受け入れてしまっている自分はどうかしてるのかもしれないなあと我ながらに思う。良く言えば、適応力が高く、悪く言えば警戒心が足りないといったところか。
「それで、どうして、私に?」
お茶をだしながら、一番の疑問を投げかける。
「ええっと、それはですね・・・」
熊は何か恥ずかしそうにぼりぼりと頭を掻きながら語りだした。どうやら、この前の春、友人達と遠く山登りに行ったときに尾根で休憩している私を見つけて一目惚れしたらしい。
「はあ。それでどうやってここまで来れたんですか?」
「え・・・まあ、匂いを頼りにやってきました」
と、やはりどこか照れたような仕草で頭を掻きながら熊は喋った。
「熊って鼻がいいんですねえ」
「ああ、それは私が山の神ですから、特別なんです」
「そうなんですか。まあ、喋る熊なんてのも普通いませんしって・・・え?」
ヤマノカミと彼は言った気がする。
「ええ、あなたが春に登った、山の、神様です」
しとしとと、窓の外から雨が降る音が聞こえてくる。いつの間にか降り出したみたいだ。
「神様ですか」
「はい、神様です」
「そして熊なんですか」
「はい、熊なんです」
「えと、それじゃあ今山は大丈夫なんですか?神様がいないと、色々と不都合があるんじゃ、」
「ああ、それは兄弟に任せてあるので、ご心配なく」
とりあえず、彼の山の神としての話が面白そうだったので、その話を聞いてみることにした。山の神は当然その山を管理するのが仕事らしく、私が登ったあの日も山の様子を巡回していたらしい。どうも最近は登山客のマナーが悪いらしいのだが、私はそこまでマナーが悪いわけでもなく好印象で、かつなぜか一目惚れをされてしまい、いてもたってもいられなくなった目の前の熊は、兄弟に切り盛りを任せて、遠くこの地までやってきたらしい。
「ええとですね、熊さん」
神様、という呼び方はあまり好きでないらしいので熊さんと呼ぶことにした。一段落着いたところで、本題に入る。
「話を引き延ばすのもなんなんで、今の私の気持ちを答えましょう。私はあなたとは結婚できません」
「そうですか・・・それは・・・やはり、熊じゃ、だめなんでしょうか」
「そうですねえ・・・私、人間ですからねえ。それに」
「それに?」
「普通人間はですね、結婚する前に色々な過程を踏むものなのです。熊だってそうじゃないですか?私は熊については良く知りませんけど」
「まずはお互いに恋をして、交際して、途中けんかを挟んだりしながらお互いの距離を縮めていく中で結婚を考えるのがベターだと、私はそう思ってるんです。もしかしたらその人はすごく暴力的な人かもしれない、そんな人と結婚なんて考えたくはないでしょう?」
熊の姿がどことなく小さく見える。
「・・・そうですね。すいません、私が唐突すぎました。帰ります」
と、しょげくれてる熊があまりにも面白かったので、
「まあまあ、せっかく遠いところはるばると来られたのだから、もう少しゆっくりして行ってくださいな。鮭もまだ食べてないことですし、夕食くらいは、一緒に食べましょう」
「いいんですか?」
だって、喋る熊ですよ。滅多に会えるものでもないし。
「ええ、食べたことないんでしょう、塩焼き?」
「・・・はい」
「それじゃあ、決まりですね」
山の神のなせる技なのか、鮭はとても新鮮な状態を保っていた。おそらくこれ一匹で熊一日気分の食事になるのだろうが、熊は、おかまいなく、といったので、お互いの皿には、一切れだけ焼けた切り身が残っている。焼きすぎると固くなっておいしくないので、ここは細心の注意を払って焼いたつもりだ。
だって神様に食べてもらう焼き鮭ですから。
「郷に入ってみたので少しだけでも郷にならってみたいのです」
と言って少しの時間をかけて、これまた器用に熊さんは箸を使いこなすようになるとまだ十分に暖かい焼き鮭を口の中に運んだ。私の口の中でもそれなりにやわらかかったから、きっと大丈夫だと思う。
「・・・うまい」
「そうですか。それはよかった」
ほっと胸を撫で下ろしている目の前で、山の神は初めての焼き鮭をおいしそうに黙々と食べ続けている。彼の持つ箸も、食器も、囲んでるテーブルもどこか小さく見えて、それでもおいしそうにもくもくと焼き鮭を食べるその姿は、私にはとてもかわいく見えた。
「それでは、お邪魔しました。また出直してきます」
「そうですか。それでは気をつけておかえりください」
夕食を終えると片付けを手伝って、彼は「それでは今日はこの辺で」といって帰って行った。
思い返せば、今日は本当に不思議な一日だった。いきなり家に山の神だと名乗る熊がやってきて、求婚してきた。滅多にできる体験じゃあ、ないだろう。携帯を手に取り、耳に当てる。
「あ、もしもし、母さん?」
「あら、どうしたの?」
「あのね、今日熊に告白されたんだけど・・・」
「は?」
「いや、だからあの熊に」
「何寝ぼけたこと言ってるのよ、あなたは。まだ私だってぼけてませんよ。・・・でも、孫の顔が見たいのも事実なのよねえ。いっそ熊でもいいから、早く結婚でもしてくれると助かるわあ」
「そんな他人事みたいな・・・あなたの子供の話ですけど?」
「ええ、でもそれを決めるのはやっぱりあなた次第でしょう?ならあなたがいいやって思えば私たちは反対できないわ。ね、父さん?」
「俺は俺が認めたやつじゃないと許さんからな」という声が電話越しからでも聞こえてくる。私の両親も十分に親バカなのだ。
「ですってよ。連れてくるときはお父さんも口出しできないくらい強そうな人を連れてきなさい」
たとえば熊と結婚します、と挨拶に行くとして、両親はびっくりするだろうが、母は最後には許すかもしれない。なんたって私の母だから。この適応力の高さは母譲りなのだから。でも父は許さないだろうなあ・・・まあでも熊に勝てるとは到底思えないけれど。
「あれ」
「どうしたの?」
「うん、なんでもない。それじゃ切るね」
「たまには帰ってきなさいよ」
「はあい」
ぱくん、と携帯を畳んでベッドに横になる。携帯のメールアドレス欄には、そこそこ仲のいい男友達のアドレスはいくつかある。なんか少しだけ気になりそうな人だってもちろんいる。
でも、今。
今、私はあの熊さんと結婚の挨拶に行くことを普通に考えてなかったっけ?
「それでも人と熊の壁は・・・まして神様とどこにでもいる普通の人間との壁は高いよねえ」
高いなんてもんじゃない。絶壁だ。それにまだあの熊さんと付き合う気はない。はずだ。だって熊だもの。
「結婚かあ」
そんなもの、まだ考えてもいなかった。
私は、どうすればいいのだろう・・・
ぽ−ん、とインターホンが鳴る。今日もさめざめと雨が降っている。窓から見える公園の紫陽花が青々と咲き誇っていておっとおしい。
「はいはいー、今行きますー」
ドアを開けると、そこには、見知らぬ、ずんぐりむっくりとした男の人が、立っていた。ずんぐりむっくりとはしているが、私とは歳が近いみたいだ。緊張した面持ちで私を見下ろしている。
「*****さん、好きです。私と結婚を前提にお付き合いしてください」
差し出された両手に乗っているのは、それはそれは新鮮な鮭。
「あらあらまあまあ」
こういうときって人間だったら花なんかもらっちゃうのかしら?と今更なながら変なことを気にしてしまう。緊張してるのか、慣れてないのか声も若干上ずってるし、手もがちがちに震えている。この前はそこまで見抜けなかったけど、同様に緊張していたのかもしれない。
「私、この前「今の私はあなたと結婚するつもりはない」って言ったの覚えてます?」
「はい、承知です。それでも諦めきれませんでした」
「それで、その姿ですか」
「それで、この姿です」
「ストーカーって言葉、ご存知?」
「?・・・いえ、知りません。なんですか、それは」
「ふふっ」
「?」
こういうのは歩み寄りって言うのかな、それなら私も少しだけ歩み寄ってみてもいいかもしれない。
「ふむふむ・・・塩焼きだけじゃなくて、味噌もすごくおいしいですよ」
壁はとても厚くて硬いだろうなあ
「-へ?」
まさか熊とねえ・・・
「今度はホイル焼き、一緒に作りませんか?」
まあ、でも面白そうだし、別にいいかなあ
「は、はい!」
それじゃあ、行けるところまで行ってみましょうか
公園が、ちょっとだけ青く染まる時期に、私は山の神で、熊で、大きな人に求婚された。
二人の距離が十分縮まるかどうかはこれから証明されることだから、それはまた別のお話。
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Comment
無題
すごい、好みのお話でした。
熊さん(神様)かわいい!
もう、全体的にかわいいー。好きだわ、こういう雰囲気。
思わずくすっと笑ってしまうところがあったり。
toneさんのお話はいつも楽しみにしてるので、
是非次回も時間があれば参加してください♪
熊さん(神様)かわいい!
もう、全体的にかわいいー。好きだわ、こういう雰囲気。
思わずくすっと笑ってしまうところがあったり。
toneさんのお話はいつも楽しみにしてるので、
是非次回も時間があれば参加してください♪
無題
初めましてです。
アリス企画へのコメントありがとうございますm(_ _)m
いきなり熊にプロポーズされるとはまた何という設定!
それでもすごく微笑ましい気分になるのが不思議なものです。
童謡の「森のくまさん」と似たような感じ…かもしれません。
ラブラブな雰囲気とはまた違う意味でニヤニヤしながら読ませて頂きました。
アリス企画へのコメントありがとうございますm(_ _)m
いきなり熊にプロポーズされるとはまた何という設定!
それでもすごく微笑ましい気分になるのが不思議なものです。
童謡の「森のくまさん」と似たような感じ…かもしれません。
ラブラブな雰囲気とはまた違う意味でニヤニヤしながら読ませて頂きました。
無題
はじめまして。 コメントありがとうございました。
なんていうか、着眼点がすごいです。私では到底思いつかないです。
やってきたクマさん神様で、求愛されて、ヒトになっても手土産は鮭で。
私も登山してみます。
なんていうか、着眼点がすごいです。私では到底思いつかないです。
やってきたクマさん神様で、求愛されて、ヒトになっても手土産は鮭で。
私も登山してみます。
Re:綾瀬さん
今回は、至って普通に行ってみました
なんか読み直して、影響受けてる作家がばれないか不安で仕方がありません なんか普通に自分なりに模倣してみた感が滲み出てますわオー・アール・ゼット
それでも楽しめたのなら、なによりです
なんか読み直して、影響受けてる作家がばれないか不安で仕方がありません なんか普通に自分なりに模倣してみた感が滲み出てますわオー・アール・ゼット
それでも楽しめたのなら、なによりです
Re:恵以子さん
何とかご期待に沿えたのかな・・・
それでもいっつも記事上げた時について回るこのどことなく滑ってる感は拭えませぬわ
日常の中のちょっとした異常を描けたらいいなあとは思ってるんですけど、やっぱ難しいですねえ
これからも精進いたしますのでまた機会があれば見てあげてくださいー
それでもいっつも記事上げた時について回るこのどことなく滑ってる感は拭えませぬわ
日常の中のちょっとした異常を描けたらいいなあとは思ってるんですけど、やっぱ難しいですねえ
これからも精進いたしますのでまた機会があれば見てあげてくださいー
Re:彩世さん
なんかとりあえずでも参加したかったので、やっつけで書いたらこんなのになりました
それでもなんで熊にしたんだろ・・・
いつもいつもこんなカオティックな不思議空間ばっかり作ってますが、次回も時間があればぜひ参加させてくださいませ!
それでもなんで熊にしたんだろ・・・
いつもいつもこんなカオティックな不思議空間ばっかり作ってますが、次回も時間があればぜひ参加させてくださいませ!
Re:Mr.Noddyさん
混沌的不思議空間へ、ようこそ!
森の熊さん・・・そういえばそんな雰囲気かもしれない・・・
今回の熊は残念ながらあそこまで紳士じゃないですけどねええええ
自分、へんちくりんみょうちくりんな不思議空間を作り出すのが精一杯ですが、それでも楽しめたのなら幸いです
森の熊さん・・・そういえばそんな雰囲気かもしれない・・・
今回の熊は残念ながらあそこまで紳士じゃないですけどねええええ
自分、へんちくりんみょうちくりんな不思議空間を作り出すのが精一杯ですが、それでも楽しめたのなら幸いです
Re:綴夜さん
不思議空間へ、ようこそ!
変なところに目をつけてしまった結果が、これですよ!
魚の種類、どれにするか迷ってたんですけど、結局僕の好みで鮭になりました
鰤とかも好きだけど、熊食べそうにないので・・・
・・・あ、でも時期じゃなかったオー・アール・ゼット
まあ、熊と同時に神様ですから、そこら辺は気づかなかったことにしてくださいー
変なところに目をつけてしまった結果が、これですよ!
魚の種類、どれにするか迷ってたんですけど、結局僕の好みで鮭になりました
鰤とかも好きだけど、熊食べそうにないので・・・
・・・あ、でも時期じゃなかったオー・アール・ゼット
まあ、熊と同時に神様ですから、そこら辺は気づかなかったことにしてくださいー